【過労死ライン】医師の労働の現状と働き方改革について考える

医療コラム

更新日:2019.07.19

【過労死ライン】医師の労働の現状と働き方改革について考える

医師の労働時間の現状と原因

医師の労働時間は他の職種とは少々異なり、特殊且つ異様な状況が続いています。
労働基準法で定められている法定労働時間は週に40時間ですが、多くの医師はこの時間内で働くことができていません。
大半が超過しており、激務が改善できずにいるのです。

 

その理由は、医師という仕事の特殊性にあります。
生身の人間を相手にするため不測の事態や緊急の業務にも対応しなければならず、やはり当直やオンコールは医師の労働時間を大幅に伸ばしている原因の一つでしょう。

 

また、医師不足の現状があったとしても、当然ながら医業を医師免許の持たない人に任せることはできません。
にもかかわらず、逆に医師がやるべきではない業務を医師が担うケースもまだまだ多く、これも労働時間が増えてしまう原因となっています。

 

勤務医の60%以上が過労死ラインを超えて労働

法定労働時間に関しては説明した通りですが、これを超過し、1週間に60時間以上勤務した場合、過労死ラインを超えていると考えることができます。
厳密には期間や連続性などを加味して判断しなければなりませんが、週に60時間以上の勤務が継続されれば、それは過労死のリスクが高まることを意味するのです。

 

勤務医の場合、全体の60%以上が、この過労死ラインを超えていると言われています。
また、勤務医の半数以上が、過労による死の危険を感じたことがあると答えており、ここからも勤務医の深刻な労働状況がうかがえます。

 

勤務医は、20代で平均55時間程度の診療と診療外での勤務があり、これに15時間以上の当直やオンコールの待機時間がプラスされます。
年代が上がるにつれて勤務時間は減ってはいきますが、それでも50代までは平均で10時間以上、法定労働時間を超過しているのです。

 

開業医25%が過労死ラインを超えて労働

開業医は勤務医と異なり、医師自身が診療時間を決定することが可能です。
しかし、それでも全体の4分の1程度が過労死ラインを超えて労働しているようです。
法定労働時間である週に40時間以内の勤務が実現できている医師は、開業医でも全体の20%程度に止まります。

 

診療時間外にも何かしらの業務を行っているケースが多く、開業医だからこそ十分な人材が確保できずに、医師が事務作業等も行わざるを得ない状況が、このような現状を生み出していると考えられます。

 

診療科目別の一週間当たりの平均労働時間

各診療科医の一週間当たりの平均労働時間を見てみましょう。

 

脳神経外科 54時間
外科 52〜55時間
臨床研修医 53〜54時間
内科 51〜52時間
放射線科 51〜52時間
産婦人科 50〜51時間
小児科 50〜51時間
麻酔科 49〜50時間
精神科 44〜45時間

 

勤める病院や勤務環境によっては、これらの時間に当直やオンコールの待機時間も加わります。

 

医師の過労死裁判と判例

このような過酷な勤務環境から、過去には過労死した医師の事例もあります。
その一部をご紹介しましょう。

関西医科大学研修医過労死事件

1998年、関西医科大学附属の病院で研修を受けていた26歳の研修医が、過労により死亡した事件です。
研修開始当初から1日15時間以上の勤務が続き、同年7月に体調の異変を家族に訴えていました。それから約1ヶ月後に自宅マンションで死亡しています。
急性心筋梗塞の疑いがあるとされていますが、正確な病名等は遺族が解剖を拒否したため判明していません。

 

遺族は1991年に提訴。裁判所は死亡した研修医の労働時間が異常なものだったと認定し、関西医科大学に慰謝料等の支払いを命じました。
大学側は、研修医は労働者ではないなどとして控訴。しかし、裁判所は研修医を勤労者とみなす判決を下し、大学側も上告をしなかったため、判決が確定しました。

 

研修医は労働者であると判例が出たことで厚生労働省も動き、新たな臨床研修制度がスタートするなど、研修医の在り方に大きな影響を与えることになった事件です。

 

小児科医の過労自殺事件

1999年、東京都内の病院で小児科医として働いていた医師が、その病院の屋上から飛び降り死亡した事件です。

 

この病院では多くの女性医師が働いていましたが、結婚や出産等で人手不足が常態化している状態でした。
1996年から小児科のみの当直がスタートします。常勤医の確保ができていない状態でのスタートだったこともあり、この医師は月に8度の当直をこなしていたようです。
次第に精神を病むようになり、1999年8月、自殺するに至ります。

 

遺族は病院側を相手取り提訴。東京地裁では過労が原因と認められ、この判決が確定します。しかし、病院の責任は認められず、遺族は上告へと動き出しますが、最高裁の働きかけにより結局和解が成立しています。

 

医師の過労死で労災認定を受けた過去の一例

・外科勤務医(29歳・茨城)
 過労自殺(1992年4月)/労災認定(2005年)

・産婦人科勤務医(35歳・山梨)
 過労死(1995年)/労災認定

・小児科勤務医(43歳・千葉)
 過労死(1997年)/労災認定(1998年)

・研修医(26歳・大阪)
 過労死(1998年)/労災認定(2005年)

・整形外科勤務医(神奈川)
 過労死(1998年)労災認定(2003年)

・小児科勤務医(44歳・東京)
 過労自殺(1998年8月)労災認定(2007年3月)

・研修医(30歳・神奈川)
 過労自殺(2000年9月)/労災認定

・内科勤務医(43歳・福岡)
 過労死(2001年6月)/労災認定(2006年)

・外科勤務医(38歳・栃木)
 過労自殺(2002年6月)/労災認定

・小児科勤務医(31歳・北海道)
 過労死(2003年10月)/労災認定

・外科勤務医(44歳・京都)
 過労死(2004年5月)/労災認定(2006年8月)

・研修医(26歳・東京)
 過労死(2006年4月)/労災認定(2007年2月)

・研修医(30代・東京)
 過労自殺(2015年7月)/労災認定(2017年7月)

・研修医(37歳・新潟)
 過労自殺(2016年1月)/労災認定(2017年5月)

労災認定の基準とは

労災認定を受けるには、怪我や病気等の発生や発症、悪化等が業務に関連している必要があります。
医師の場合には、鬱なども含め病気の発症が主なものとなるでしょう。
それが業務に起因すると認められなければ、労災認定を受けることができません。

 

認定要件を満たすケースとしては、極度の恐怖や予測困難な異常事態など“異常な出来事”があったケースや、病気等が発症する直前1週間ほどの間に過重負荷が与えられていたなど、“短期間の過重業務”が課せられているケースなどがあります。

 

医師の場合には、それらとは異なる“長期間の過重業務”が焦点となるケースが大半です。
これは、病気等が発症する直前1ヶ月ほどの間100時間以上の時間外労働があった場合や、病気等が発症する直前2ヶ月から半年の間、1ヶ月当たり80時間以上の時間外労働があった場合、その病気等の発生は業務に起因するものと推定されるというものです。

 

このようにいくつかの認定要件はあるものの、医師の場合にはそれを証明することが難しい現状があります。
ケースバイケースで認定されるか否かが変わってくるようです。

 

医師の働き方改革について

近年、働き方改革が話題になっていますが、医師の働き方に対する改革も丁寧に行っていかなければいけません。

 

医師に対しての制度は、その他の業種・職種の労働者とは別に残業の上限規制などが設けられる予定です。
こうした点について、これからどのように医師の働き方が変わるのか、問題点や課題はどこにあるのかなどについてまとめます。

 

医師の働き方改革で変わること

医師の働き方改革に関しては、厚生労働省が審議会や検討会などを設置し、提案等が行われています。
それによると、時間外労働に関して1ヶ月当たり80時間を上限とする提案がなされていますが、医師が不足しているエリアではこれを1ヶ月当たり160時間前後と設定される方向で進んでいます。
いわゆる過労死ラインを大幅に超える形で調整が進んでいるわけです。

 

勤務医に対しては連続勤務時間に制限が設けられたり、勤務間にインターバルを確保するなどの努力義務を課すなども検討されています。
もし上限をオーバーする医師がいる場合、他の医師による面接指導を受け、その結果ドクターストップなどの措置を取ることなども義務化される予定です。

 

ただ、これらはまだ提案・検討されている段階であり、実際に適用されるのは2024年からとなっているため、それまでに細かな修正や再提案などが入ることは間違いありません。

 

医師の働き方改革の問題点

医師の働き方改革で時間外労働に一定の上限を設ける点については、特に当事者である現場の医師は歓迎する声が大きいかもしれません。
ただ、もちろん課題や問題点も指摘されています。

 

一番はやはり医師不足の問題です。 労働時間に制限が設けられれば、これまで労働時間を大幅に超過することでまかなっていた業務は、誰がどう対応するのでしょうか。
この点について懸念の声が多数聞かれます。


これから高齢化社会はさらに進むわけですが、それに対応できるほどの人材確保ができていない中での働き方改革は、医療の質も量も下げてしまうだけだという声が挙がっているのです。
また、研修医など若い医師の労働時間に制限がかけられれば、医師の育成が思うように進まないのでは、という指摘もあります。

 

数値的な制限を設けたところで、それが努力義務や目標といった表現にとどまるのであれば形骸化してしまう恐れもあるでしょう。
働き方改革とは名ばかりで、結局何も変わらないという結果に終わってしまうかもしれません。

 

医師の労働の現状と働き方改革のまとめ

・勤務医の過半数が過労死ラインを超えて勤務している実態がある
・医師不足や医師の偏在問題が、異常な労働時間超過の主な理由
・とりわけ救急科は時間外労働が多いと指摘されている
・これまでに多くの医師が激務で過労死し、裁判等を経て労災認定を受けている
・労災認定を受けるためには、業務と疾病発症等の因果関係が証明されなければならない
・医師の働き方改革では労働時間に上限が定められる予定
・働き方改革により医療現場の崩壊や若手医師の育成阻害といった懸念の声も出ている

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